これは本当に先生ひとりひとりによって意見が違う。

 

最近もこの意見のすれ違いで職員室で意見のぶつかり合いがあった。最後は汚い言葉で言い合いになり、もはや話し合いではなかった。

ある先生が、進路担当の先生に

「こんなに受験で落ちる子ばかりならば、ある程度の難易度の大学にもっと推薦を利用させて進学させればいいではないか」

と噛み付いたのだ。

 

たしかに、

進路の先生がいうように、最後まで自分の実力で行けるか行けないか微妙な難易度の大学を目指し、頑張ることは大切だということもわかる。

 

反対に、自分のクラスの生徒(しかも性格も真面目で何事にも一生懸命な子)が、がんばっているにもかかわらず、何校も受験しては落ちてを繰り返し   最後には推薦をつかって行ける大学より難易度の低い大学にすら合格しない生徒の姿を見続ける担任の先生が生徒をなんとかしてあげたいと考える気持ちもわかる。

 

 

 

 

大体の傾向として、

予備校では、最後まで頑張ったら自分の行きたい大学に行ける。特に私立大学ならいろんな受験型・日程があって、何回も受験できるので出し続けて受け続ければ受かる。

そのとき、いろんなデータをスライドにして見せ、このように同じ学校を受験し続ければ合格の可能性は上がっている。ということを説明する。

 

進路の先生もそういう意見が多いし、進学校もこのような進路指導をとっていることが多い。

 

 

しかし、一定の先生や保護者などは推薦で確実にそれなりのところに入ってほしいと考えている。 生徒自身もこの選択を選びやすい。

比較的、生徒に近い立場(受験の当事者)の人はこちらの意見が多数か?

 

教育に熱心な保護者も結構すんなり推薦を使おうとするのが自分にとっては不思議。勉学に熱心なのではなく、『教育』に熱心なのかなとこんな時は思う。

 

 

 

 

結局、どっちがいいかなんて言えない。誰にもわからない。

生徒ひとりひとりによって違うし、どっちが良かったかは死ぬ時まで決めることはできない。

 

ただ、悩んでいる生徒にセンセーから言えることは

選択した結果の人生を送るのは受験を受ける本人。どんなにもっともらしいことをアドバイスしてくれる人がいても、その人は結果まで責任をとってくれない。というか、責任なんて取れるわけがない。1億2億お金をもらおうが、アドバイスしてくれた人の命をもらおうがもう一回選択をやり直すことはできない。

 

自分で悩んだ時間が長いほうが、その選択に自信が増す。

ぎりぎりまで悩んで、ぎりぎりで選択すれば、言い訳せず逃げずに人生送れると思うよ。

 

 

 

藁にもすがる獣たち (講談社文庫)

 

 

 

 

 

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